シャイン ~もう一つのベイビーステップ~【第2話】重症

【この物語の個人名、団体名等は仮名ですが、後は、ほぼ事実です。】 

ソフトテニス部を引退した大地は夏休みにやることもなくぶらぶらしていた。大地は、レギュラーを落とされてから、日々、悶々として夏休みを過ごしている。部活動をしなくなると、これほどまで暇になるとは考えもしなかった。高校受験まで10か月もあるせいか、勉強なんかする気は全く起きない。やることといえば、イチロー選手や三浦カズ選手の自伝的な本を数冊読むことだ。他には、父の運営している硬式テニスサークルに週に一度参加し、練習するくらいだ。

今頃、レギュラーメンバーは、中国大会、さらに全国大会を目標にして、がむしゃらに練習しているはずだ。「このままで終われない。」と呟いたが、今後、どのようにしたら自分の気持ちがいつ整理できるのかわからない。ただ、漠然と硬式テニスがもっと上手になればいいと思っていた。

硬式テニスは、ソフトテニスと比べ、ボールは高く跳ねる。それにボールとガットの面の関係は非常にデリケートだ。アバウトにスイングするとボールはコートの枠線内におさまってはくれない。しかし、バウンドしてもスピードが落ちず、食い込まれたり、跳ね上がったり、滑ったりする。そのことが、大地にとって新鮮だった。ボールは硬く、打つ瞬間の手ごたえがあり、打球感を強く感じる。ラケットはソフトテニス用に比べ重い。大地にはその重さが心地よかった。その重さを利用して打つ打球感は、ソフトテニスはない感触だった。

そして、一番の違いは、バックハンドストロークだ。ソフトテニス時代はシングルハンドだったのだが、硬式テニスではダブルハンドに矯正した。ダブルハンドはボールのスピードはやや落ちるが、安定性は格段に向上する。

大地は、ソフトテニスよりかなり難しいと思いながらも、その魅力にどんどん引き込まれていった。そして、同じテニスというスポーツなのだが、硬式テニスの方が自分には合っていると思い始めた。

父が購入したばかりの新品のヨネックスの黄色のラケットが彼のお気に入りだ。そのお気に入りで練習するのが楽しかった。大地は、テニスのセンスはなかったが、テニスすることそのものが好きだった。

もう一つの楽しみといえば、毎年恒例の家族で行く大島のキャンプだ。父に購入してもらった銛をせっせと磨きながらその日を待っていた。大地には、道具を磨くくせがあった。現役のときは、リビングでソフトテニス用のラケットをよく磨いていた。時には、模型用のワックスを塗ってピカピカにし、試合に臨むこともあった。

その磨く姿を見た母親は、

「まるで武士が、魂の刀をみがいているようね。」

とほほ笑んだ。

大地は、銛を魚の腹に突き刺して捕まえることに思いを巡らせながら銛先を磨き込んだ。

キャンプ当日は、40度近い真夏日だった。

出かける際に、父親は、銛の安全な取扱いについて、大地と弟の勇人(ゆうと)にしっかり話して聞かせた。二人は、父の指導の通りに、刃先を段ボール箱の端でカバーをして車に乗り込んだ。父親は、飼っている犬の世話をするために、同行はしなかった。

母親の運転で、1時間かけて馴染みの大島の“土井の浜海水浴場”に到着した。人気のないビーチで準備体操をした後、家族みんなでひと泳ぎした。

その後、大地は弟の勇人(ゆうと)と妹の鈴(すず)と一緒に魚を捕まえるため銛を手にして、目的地まで歩いた。鈴は、小学3年生なので、銛の代わりにバケツを持って行った。

兄弟2人は銛を器用に扱い、魚を数匹捕まえることができた。それをバケツに入れる鈴。3兄弟ならではの連係プレーだ。兄弟は父の教えを守り、銛先の方向には常に気を配り、慎重に扱っていた。

大地は、レギュラーを外されたモヤモヤが少しずつなくなり、気が楽になった。海の波が嫌なことをすべて洗い流してくれているようだ。

10匹前後取れた後、3人は宿泊するバンガローに戻り始めた。先頭は大地である。ビーチの波打ち際のラインに沿って歩いていた。そのラインに平行に溝がある。大地は、溝の側を歩き始めた。溝と砂浜の境に左足が着地したときのことである。砂で左足が滑り、そのまま左足は溝の中に落ちた。その際、右手に持っていた銛先で、右足の踵を貫いてしまった。銛は足にささったままである。大地は、痛みで思わず唸った。その異変に勘の鋭い鈴が気づき、全速力で母親を呼びに走った。

「お母さーん!大ちゃんがたいへん!!」

娘の悲鳴ともとれる叫び声に気づき、母親の直子がバンガローから飛び出してきた。母親は状況を把握すると、すぐに119番通報した。5分もするとサイレンを鳴らし、救急車が到着した。大地は、足に銛を突き刺さしたまま、救急隊員によって救急車の中へ運びこまれた。

病院で適切な処置が行われ、銛は大地の足からやっと離れた。

担当医から、

「後、1センチでアキレス腱が切れていたよ。そうなっていたらスポーツはできなくなるよ。」

その言葉を聞いて大地は、背筋が凍った。と同時に当分安静で、スポーツがひと月できないと思うと暗い気持ちになった。

この事件をきっかけにて、藤田家は銛を使って魚を捕まえることが禁止になった。

 松葉づえ姿でキャンプから家に帰った大地は、リビングに置いてある雑誌に目をとめた。それは父が不定期に購入しているテニス雑誌の『フルスイング』だ。何気なく手に取り、パラパラとめくってみる。その雑誌の巻頭部分にある写真中心の記事がやけに気になった。それは、テニスの強豪高校の特集が組まれているところだ。九州にある“柳田高校”を紹介する記事だ。

 大地は、柳田高校のことはなんとなくは知っていた。何人もプロテニスプレーヤーを輩出していること、全国制覇を何度もしている常勝高校だということ、練習時間がとても長いこと、プロ野球選手も輩出していること、などだ。

スパルタ指導で厳しい部活動だと思っていたが、選手たちは、みんな笑顔で楽しいそうに写真に写っていた。一人ひとりのプロフィールにも明るく前向きな言葉が綴られている。

見開きページの写真から、たくさんのテニスコートがあり、コバルトブルーに輝いたサーフェィスが何枚も確認できた。その写真に斜めに印刷された文字

『みんなで楽しく、団結して練習するから強くなる!』

のキャッチフレーズがよく目立っていた。

 大地には、それがとても魅力的に見えた。そして、この中に入って仲間になり、練習してみたいと思った。