大坂なおみと女子テニス界の未来

大坂なおみ 出典:USATODAY

大坂なおみの覚醒。そして、世界ナンバーワンへ

大坂なおみが成し遂げた2018年全米オープン優勝は衝撃的だった。決勝の相手はセリーナ・ウィリアムズ。マーガレット・スミス・コートのグランドスラム最多優勝の24勝目へ並ぶべく全米の期待を背負っていた。そのセリーナをストレートで破っての優勝。 審判へのセリーナの暴言騒ぎがあったものの、大坂のほぼ完璧な勝利だったといえるだろう。

さらに大坂は2019年の全豪オープンをも制し、グランドスラムを連勝。グランドスラム初優勝からの連勝は2001年のジェニファー・カプリアティ以来の快挙だった。まさに覚醒である。直後の世界ランキングでナンバーワンとなり、女子テニス界の頂点に駆け上がった。

女子テニス界の新たな覇権争いとスター誕生

女子テニス界は、絶対女王セリーナの出産によるツアー離脱に伴い、新たな覇権争いの時代へと突入していた。セリーナは世界ランキングのナンバーワンこそ他の選手に譲ることはあったが、グランドスラムでの強さは群を抜いていた。アンゲリク・ケルバーやシモナ・ハレプが台頭してはいたが、セリーナの後継者としてはあまりにも物足りなかった。

そこに登場したのが大坂なおみだった。2018年春にグランドスラムに次ぐツアーカテゴリーのBNPバリパ・オープンでツアー初優勝。準決勝では当時世界ナンバーワンであったハレプに勝利するなど、そのポテンシャルの高さをあらためて証明してみせた。

そして全米オープン、全豪オープンとグランドスラムを連勝。豪快なプレースタイルと愛されるキャラクター。まさに世界が待ち望んだスターの誕生だった。しかし、残念ながら快進撃はそこまでだった。

大坂なおみを覚醒させたのは?

よく言われる話だが、大坂なおみの覚醒を演出したのは全豪オープンの優勝までコーチを務めたサーシャ・バインである。この件については、おそらく断言していいだろう。異論を唱える人もいないはずだ。それほど、バイン以前と以後はテニスが明らかに変わった。どう変わったか。

これもよく言われることだが、まず我慢ができるようになった。そして感情のコントロールが可能になった。以前は、無理に決めにいく全力ショットが多く、それがアンフォーストエラーの増加へとつながっていた。身体能力の高い大坂の場合、7~8割程度の力でも十分にエース級のボールが打てる。思い切り打って決めたいという感情を押しとどめることで、必要十分な力でショットを打つ判断を的確にできるようになったのである。

さらに、減量の結果、フットワークが格段によくなり、守備範囲が格段に拡がった。ラリーで「もう1本」をつなげられるようになって、その1本を返球された相手は焦りから無理をしてミスをする。ミスとならずも甘いボールが返球されれば、自然とチャンスボールとなり、無理に決めにいくショットを打つ必要はなくなる。オープンコートに流し込むだけで簡単に決めることができるようになったのだ。

勝利」が大坂なおみにもたらしたもの

こうした変化が結実したのが前述したBNPバリパ・オープンでのツアー初優勝だった。しかし、大坂なおみ自身がインスタグラムでも書いていたとおり、この勝利によるプレッシャーからこのあとの大会で結果が出なくなった。そして、ようやくそのプレッシャーをコントロールできるようになり、結果が出たのが全米オープンだったというわけだ。

その後、東レ パン パシフィック・オープンの準優勝、チャイナ・オープンのベスト4、全豪オープン優勝とポイントを重ねて、世界ナンバーワンになったのだが、この「世界ナンバーワン」という勲章が曲者だった。当然だが、BNPバリパ・オープン優勝以上の大きなプレッシャーと戦わなければならなくなったのだ。

しかし、その時には心をケアしてくれるバインはもういなかった。大坂は全豪オープン優勝後にバインとの契約を解除していたからだ。結果、2月のドバイ選手権2回戦、3月のBNPバリパ・オープン4回戦、マイアミ・オープン3回戦など、ナンバーワンらしからぬ敗退を重ねることになる。

その試合の多くは自滅にしか見えず、まるで以前の大坂のテニスに戻ってしまったかのようだった。結局、2019年の全米オープン前まで準決勝に進出した試合はたった1試合だけだ。

バインがコーチを辞めてから結果らしい結果は出ていない。この件については大坂が自分で決めたことで、外野が余計なことを言うべきではないが、バインがいれば全豪オープン以後の結果は違っていたように思うがどうだろう。

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前年王者としての大坂なおみの戦い

そして時間は無情にも過ぎていく。全仏オープン3回戦敗退、ウィンブルドン1回戦敗退と結果が出ないまま、前年王者として2019年全米オープンを迎える。

全米、全豪優勝のポイントの貯金で第1シードとなったものの、初戦から苦戦。2回戦も盤石というような内容ではなかった。そして3回戦ではテニス界大注目の15歳のコリ・ガウフとの一戦を迎える。ロジャー・フェデラーやセレーナが試合前にコメントを残すほどの特別な一戦だった。セレーナは言った。「この試合がテニス界の未来であることに違いない」と。

だが、結果は意外にもあっけないものだった。6-3、6‐0で大坂なおみの勝利。前年王者が注目の15歳を寄せ付けなかった。ガウフが実力を発揮できていないようにも見えたが、それは大坂のテニスがそれだけ良かったということだろうか。

ガウフはミスが多く、2回戦のティメア・バボス戦のような粘りのテニスができなかった。第2セットはまったく見せ場のないまま、試合は終了している。大阪が本当に良かったのか、ガウフが悪かったのか。答えは3回戦にはっきりすることになる。

完敗に見えた大坂なおみのいま

2019年2戦2敗のベリンダ・ベンチッチとの3回戦。前々回は0-2のストレート負け。前回はセットカウント1-1、最終セット5-3のスコアからの逆転負けだった。この試合もいきなりサービスゲームをブレークされる苦しい立ち上がり。しかし、第4ゲームでブレークバック。今度こそやってくれるのではないかという期待感を抱かせたが、第1セットを7-5で落としてしまう。

大坂はサービスやストロークでエースを取れるものの、ベンチッチの読みのいいフットワークとカウンター的なショットに苦しめられた。さらに、ベンチッチのサーブにタイミングが合っていないようだった。ベンチッチはサービスエースはないものの、コーナーを突いた効果的なサーブでサービスゲームをほとんど苦しむことなくキープしていたのだ。

第2セットも主導権を握っていたのはベンチッチだった。大坂にブレークポイントさえ与えない完ぺきな内容。大坂は膝の状態に不安があるのか、フットワークに問題があるようにも見えた。そして、どうしても勝ちたい、もしくは負けられないというような気迫のようなものも感じられなかった。

最後のゲームがそれを象徴していた。大坂は3本のストロークのミスであっという間にマッチポイントを握られた。それほど厳しくもないベンチッチのショットを簡単にミスする姿は、すでに世界ナンバーワンとはいえなかった。最後のポイントはサービスで崩され、フォアハンドを叩きこまれる。結局、大阪は1ポイントも返せないままラブゲームで試合終了となるのである。

ベンチッチは大坂に対して終始自信をもってテニスをしているという印象だった。大坂はこれで完全に苦手意識が生まれてしまったようにも思える。

コリ・ガウフへの賞賛すべき大坂の振る舞い

こうしてベンチッチに完敗してしまった大坂だが、全米オープンでは試合以上に大きな見せ場があった。3回戦のコリ・ガウフ戦で、試合終了直後のオンコート・インタビューに敗れたガウフを一緒にと誘ったのだ。このインタビューは勝利者のものであり、敗者はコート上で握手をするとすぐに荷物をまとめて去ることが暗黙の了解だった。 まさに前代未聞のことだった。

もちろん、敗者は1秒たりともその場所にとどまりたくはないはずだ。それでも大坂はすでに涙目のガウフを見て、「あなたは本当に素晴らしかった。シャワーを浴びながら泣くより、あなたの気持ちをみんなに知ってもらおう」と説得したのだ。ガウフは泣きながらインタビューに答え、そして最後には笑顔でコートを去った。

この振る舞いには賛否両論あるようだが、誰にでもできることではないし、やるべきことでもないと思う。大坂とガウフの父親同士が友人であり、彼女たちも以前、同じテニスコートで練習をするなどの関係性があるからできたことだろう。

それにしても、である。15歳の若い選手に対しての21歳の大坂の自然な振る舞いは賞賛すべきものだったし、こうした振る舞いは、「優しさ」はもちろん、「勇気」が必要だと思う。そして、それに答えたガウフも並みの15歳ではない。

今後、この2人がテニス界にもたらす輝かしい未来を信じてやまない。なお、全米オープンの主催者は、大坂のこうした振る舞いに「スポーツマンシップ賞」なるものを贈っている。

大坂なおみが勝ち続ける未来のために

大坂はベンチッチに敗れた試合後の記者会見でウィンブルドン1回戦敗退後の記者会見のようなナーバスさを見せなかった。むしろ、この全米オープンでは成長することができたと言った。4回戦敗退でも、本人が言うのだからたしかにそうなのだろう。

プレッシャーの中でも感情をコントロールすることができるようになってきたということか。もちろん、ガウフに対しての気遣いを人間的な「成長」と考えることもできる。

ただ心配なのは、ベンチッチとの試合を観戦していて、テニスに対する「何か」が足りないと思えてしまったことだ。怪我からのものなら仕方ない。しかし、それとは別に、テニスへの情熱なのか、ハングリー精神なのか。全米、全豪を連勝したときには存在していた何かが抜け落ちてしまっているように思えてならなかった。

2019年全米オープンを優勝した19歳のビアンカ・アンドレースクの戦う姿勢は素晴らしかった。準決勝でのベンチッチとの差は紙一重だった。第1セットをコントロールしていたのはベンチッチだったし、ベンチッチが勝ってもおかしくはなかった。

ただ、試合を見ながらセリーナに勝てるとしたらアンドレースクではないかと思った。精神的なタフさも素晴らしい。実際、アンドレースクは決勝で勝ってみせた。第2セット、5-1から5-5に追いつかれても勝ち切った。あの精神力のあり方は去年の大坂なおみとはまた違うものだと思う。

2019年はグランドスラム4大会すべての優勝者が違う。覇権争いは続くだろう。アンドレースクが全米王者の大きなプレッシャーに負けなければ、もしかしたら頭一つ抜け出すかもしれない。ただ、ベンチッチも面白い。全仏オープン王者アシュリー・バーティもいる。

しかし、私たちがもっとも期待するのは大坂が世界ナンバーワンとしてグランドスラムに勝ち続ける未来だ。そのために必要なのはテニスとしっかりと向き合い、もう一度チャレンジャーになることかもしれない。

2020年の全豪で万が一、早期敗退となれば世界ランキングは10位前後になる可能性もある。でも、それでもいいと思う。チャレンジャーとしてテニスに対する「何か」を取り戻し、大阪がいう「成長」を是が非でもテニスの「結果」につなげてほしいのだ。彼女は間違いなくセリーナさえも超える可能性を秘めているのだから。