【この物語の個人名、団体名等は仮名ですが、後は、ほぼ事実です。】
リビングで、大地の父親の宏之が、
「お母さん、今年の家族旅行はどこにしよう?」
「そうね。去年四国方面だったから、今年は長崎・福岡方面はどう?長崎のおいしいカステラ、ちゃんぽん、博多の明太子も食べたいなー。」
と、直子が食欲優先の旅行プランを勝手に立てはじめた。
藤田家では、毎年、夏休みの終盤になると家族旅行をしていた。家族全員でワゴン車に乗って2泊3日の旅が恒例だ。昨年は、四国を一周をした。
美しい景色が見える“しまなみ海道”を通り、愛媛県の「日本食研」で工場見学をした。その後、今治市でタオル美術館に行き、次の日に香川県まで南下。その日は、テーマパー「クレオマワールド」内のホテルで一泊した。
翌日は有名な“かずら橋”を訪れた。さらに南下し、高知県の桂浜に立ち寄った後、足摺岬まで長距離ドライブ。そして、宿泊は、岬の近くの老舗旅館だ。
最終日は、四万十川の急流くだりを楽しんだ。
父親の宏之は、工場見学、温泉、歴史的な名所な子供が楽しいと思えるような場所、そして、社会勉強になる要素を旅行プランに入れることを心掛けていた。
藤田家は、近場に旅することはあまりない。出かけるときは三泊四日の遠出の国内旅行か、あるいは、海外に出かけることが多かった。
一昨年は、滋賀・京都・奈良方面、その前の年は、静岡・山梨方面だった。そして、今年はどこに行くか思案していたところだった。
その会話を聞いていた大地が、テニス雑誌『フルスイング』をめくりながら言った。
「博多に行くんなら、この高校のオープンスクールにも行・・・・。」
宏之が
「どこだ。」
と、雑誌を覗き込んだ。
大地が、
「本の前の方にカラーで特集してあるよ。」
宏之は、しばらく雑誌を読んでいた。
突然、
「柳田高校か!おもしろそうだ。行ってみよう。お父さんもこの高校に興味がある。ここの練習風景を一回見てみたいと思っていたんだ。」
と、言った。
大地が、
「オープンスクールもあるけど、部活体験もできるみたい。」
と言ったと同時に、されまで無言でガンプラを作っていた勇人が手を止め、
「行こう。行こう。みんなで行こう。僕もここでテニスしたーい。」
と、言った。それを聞いた鈴が
「ここ、ジョコビッチいる?私、サインもらう。」
とわけのわからないことを言い始めた。
宏之が、
「大地、まだ、足のケガ治ってないだろう。抜糸もしていないのに。部活の体験は無理、無理!」
大地がすかさず、
「オープンスクールは2回ある。1回目は7月28日だからもう終わったけど、8月28日にもう1回あるよ。それまで、あと2週間あるから、部活も体験できると思うんだけど・・・・・。」
と、言った。
大地は最近、やっと松葉杖を使わなくても歩けるようになっていた。ゆっくりだが歩行ができることに喜びを感じていた。しかし、走ったり、飛んだりすることは、まだ無理だった。
8月25日には、抜糸する。大地はその日が待ち遠しくてたまらなかった。抜糸さえすれば、もとの右足にもどるものと信じていた。
8月25日といえば、柳田高校のオープンスクールの3日前だ。大地は、その日までに右足を回復させたかった。そのため四六時中、テニスのことばかり考えていた。大地は、高校進学のために勉強することよりも、テニスができるかどうかが問題なのだ。
一日でも早く抜糸し、練習で勘を取り戻し、体験入部でのびのびとプレーすることをイメージしていた。
そして、8月25日の朝、整形外科で念願の抜糸をした。
担当医から
「当分、激しい運動はだめだよ。」
と、言われたが、大地には、まったく意味のない言葉だった。
家族全員で、柳田に行く当日になった。午後から出発することをみんなで打ち合わせた。大地は、その日の午前中に、テニスクールに行った。少しでも前の状態までもどしたかった。体験入部のときに恥をかかない程度に練習しておきたかったのだ。
そのテニススクールは、父親の宏之が若い時から定期的に通っているところだ。
大地も部活を引退した後、日曜日の午前中に父と一緒に通い始めた。テニススクールといってもコーチは1人しかいない。バブルのころはスクール生が多く、そのためにコーチも3,4名いたが、今は小田コーチ一人でそのスクールを運営している。
彼は小柄で、一年中日焼けした浅黒い顔をしている。その上少々、口が悪い。ジュニアのスクール生に指示したり、叱ったりした後、必ず「このボケ!」と付け加える癖があった。そして、ジュニアに対しては非常に礼儀に厳しい。習い始めたジュニアやその保護者などは、その言葉の悪さに戸惑っていた。しかし、しばらく彼の指導を受け続けていくと“口の悪い気の良いただのおじさん”であることに気づいていった。また、長く付き合ってみると、非常に人情味があり、面倒見もいい。昔気質タイプのテニスコーチなのである。若いころは、気に入らないスクール生や、自己主張の激しい母親に対して、平気で「もう、明日から来るな!」と怒鳴ることがあった。しかし、年齢を重ねていくうちにそのような行為はなくなっていった。自分の気持ちをごまかさず、ストレートに表現するタイプなのだ。そんな個性豊かなコーチだが、彼を慕うスクール生も多い。
小田コーチはテニスの技術について、あまり細かく指導することはない。しかし、部活を引退し、足しげく通ってくる大地に対して、スイングの仕方や、フットワークについて丁寧に指導してくれていた。その甲斐あって、大地のフォアハンドストロークは心地よい音を響かせながらボールを捉えることができるようになった。
その日も、
「前足に体重を乗せながら打てと言ったろうが。!このボケ!!」
と指導が入った。
「このボケ!!」は彼なりの最高の愛情表現である。
大地はレッスンを終え、自宅に帰ろうとしたが、自分の着ているTシャツがかなり色褪せ、それに傷んでいることに気が付いた。
その足でウエアを新調することにした。いきつけのムナカタスポーツ店でテニス用のウエアを探した。Tシャツかポロシャツにしようかと悩みながら選んでいると予想以上に時間を費やすことになった。
大地が店の掛け時計を見ると、13時29分だ。出かける予定の14時まで後、30分しかない。
大地はあわてて気になっていた襟元に赤く細いラインが入ったアディダスのポロシャツをつかみ、小走りでレジに向かった。
レジの男性店員が気安く話しかけていきた。
「君テニスしてるの?」
「は、はい。」
「軟式?それとも硬式?」
「硬式です。」
「このシャツで、試合出るの?」
「いいえ。練習です。」
と、時間がない大地は少しいらいらしながら答えた。
店員は、シャツをていねいにたたみ、店のロゴマークが入ったビニル袋に入れた。大地、それを鷲掴みにすると同時に店を出た。
階段を駆け下り、急いで自転車に飛び乗った。
上り坂にさしかかり、自転車のスピードが落ちてきた。真夏の太陽の光が、容赦なく大地の腕に降り注ぎ、肌をじりじり焼いた。額の汗を手の甲でぬぐいながら、明日のことを考えた。自分が買ったお気に入りのポロシャツを着て、プレーする姿。そして、柳田高校のメンバー相手にボレーやのストロークをしている姿を思い描いた。
今日のテニスレッスンでは、右足の踵あたりが少し引っ張るような感じがあった。右足でしっかり地面をけることができないためか、ボールはベースラインを超えてよくオーバした。
懸命に自転車をこぎながら、『右足の状態は少しは良くなっているだろうか。』『上手な体験入部生にばかにされないだろうか。』など不安が沸いてきた。
家に着くと、父、母、弟、妹は、昼食を終え、旅行の準備も済ましていた。
大地は、すばやく昼食をのどに流しこみ、準備し始めた。『シューズ、ラケット、帽子、ウェア』は絶対に忘れないと思いながら荷造りした。
大地がワゴン車に乗り込んだと同時に
妹の鈴が
「テニスコートにジョコビッチいる?わたし、ジョコビッチとラリーするよ。」
と、またわけのわからないことを言った。すかさず勇人が、
「じゃ僕は、フェデラーにサーブの打ち方教えてもらうよ。」
と、おどけて見せた。
大笑いする家族を乗せたワゴン車は、九州に向かって走り始めた。
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何これ、3話目から初めて読んだけど面白い。テニス家族が家族旅行に行く話なのかな?九州の宿泊先のテニスコートにはジョコビッチも、フェデラーもいないと思うよwまぁ、でもこれを読んで全然行っていない家族旅行に今年は行ってみるかと思いました。うちは子供はいないけど犬連れてたまには嫁孝行してあげることにしますかね。
ありがとうございます。1話から読んで頂けると、よくわかると思います。是非!