シャイン ~もう一つのベイビーステップ 【第6話】境界

シャイン 第6話

【この物語の個人名、団体名等は仮名ですが、後は、ほぼ事実です。】

柳田高校のテニス体験入部を終え、大地は2学期を迎えた。

クラスメートのほとんどが部活動を終えている。高校受験まで半年もあるせいか和やかなクラスの雰囲気だ。クラス全体が一息ついた感じで部活動のない新学期を楽しんでいる。

34名の生徒の中で大地と同じように私立高校を受験する予定の者が数名いた。私立は公立より受験日がやや早いのだが、彼らも部活動を引退し、自由な放課後の時間を楽しんでいた。

3年生全体に、”9月だけはゆっくりするぞ”という雰囲気が満ちていた。それは、辛い受験勉強に備えて、今だけは、羽を伸ばしておきたいという中学3年生ならではのささやかなわがままなのだ。

2学期が始まるとすぐに、3者面談があった。面談は、希望進学先について、本人、保護者、担任教師が話し合い、具体的な進路を決めていく。

「え、柳田高校ってあのテニスで有名な柳田のことですか?」

と、担任の城下が驚いて聞き返した。

大地と、直子は

「そうです。」

と、口を揃えて答えた。

「うーん。そこに進学した者は過去にはいないと思います。私は今年で本校6年目になりますが、この6年間でそこに行った生徒は一人もいません。なのでこの高校の受験に関する情報はほとんどないと思います。」

入試のレベルがいったいどのくらいか、先生、お手数ですが調べていただきませんか?」

直子が言うと担任の城下は、

「わかりました。2、3日かかりますが、調べてみましょう。わかり次第電話します。」

と答えた。

面談の4日後、担任の城下から連絡が入った。

内容は市内の上松高校と華丘高校の間位だということだった。上松高校は、市内で1番の進学校であり、華丘高校は2番目の進学校だ。そして、具体的には学年で70番以内に入っていなければ合格は難しいという内容だった。

もう一つの入学の方法は、スポーツ推薦の枠で受験できるということだった。その条件は大きな大会に出場し、ある程度の功績(優勝・準優勝・ベスト4など)を残していることだった。もちろん柳田高校にある部活動とマッチングしていなければならない。

大地の所属していたソフトテニス部は柳田高校には存在しない。あったとしても、レギュラーを外され、中国大会にさえ出場していないのだから問題外だ。

結局一般受験しか方法がないという結論に至った。

大地の成績は、300人中130番位だった。この成績では合格は難しい。 

このことについて、大地と母親の直子、父親の宏之で家族会議を開いた。

柳田高校を受験したいのだけど。」

「今の成績なら絶対受からないと城下先生言ってたよ。」

と眉間に皺を寄せながら直子が言う。すかさず宏之が

「今の成績のままじゃ受験しても意味がないな。合格ラインの学年70番以内に入ったら受験させてやるよ。」

と、言った。

「受験日は1月の終わりらしいから、後5か月あるよ。必死に勉強したら大丈夫よ。」

と笑顔で励ました。

「うーん。間に合うかなー。」

と大地は苦しそうに呟く。

「今まで全然勉強してないのに130番なんだから、勉強したら60人ぐらいすぐに追い越せるよ。まだまだ伸びしろがあるんだから。」

と、母親らしい温かい言葉。そうだそうだと、うなづきながら、

「柳田高校に絶対に行きたいなら、やるべし!

と宏之が檄を飛ばした。

その日から、大地の猛勉強がはじまった。

学校から帰宅し、すぐに勉強に取り掛かる。夕食、風呂、トイレ以外はひたすら勉強。睡眠時間も8時間を6時間に削った。睡眠時間を少なくし過ぎると、勉強の効率が悪くなるという父の教えから睡眠は大切にした。

やはり勉強ばかりだと息が詰まる。その為、父が通っている木曜の夜と土曜の昼のテニス練習には参加した。

勉強疲れで頭が飽和状態になったときは、柳田高校のテニスコートで先輩たちと談笑しながら楽しくテニスしている自分の姿を想像した。また、TVを15分間だけ決めて見ることや庭でラケットの素振りなどをすることでも気分転換を図った。

一か月後の11月には、テニスの練習も一切やめて受験勉強だけに集中することを決めていた。

祖母の勧めで、塾に通うことになった。その塾は1対1で個別に教えることを売りにしていた。自宅から自転車で15分の所にある。往復30分かかることになるが大地にはその30分がここちよい気分転換になった。

塾の教師たちは、懇切丁寧に教えてくれた。個別対応なので自分がつまづいているところに気づくことができた。一人でやるよりもはるかに効率が良い。特に、苦手な数学が驚くほどすらすらと解けるようになったことが大きな成果だ。大地はこの新しい学びの空間が徐々に好きになっていった。

その塾でも柳田高校の受験状況の情報はなかった。塾の所長がネットワークを駆使していろいろと調べてはくれたのだが、中学校の情報と大差なかった。過去に柳田高校を受験した塾生がいないので確かな情報が入手できないとのことだった。

11月になり、大地はテニスすることを止め、勉強に集中した。

定期テストでは、300人中82番になった。大地は心の中でガッツポーズをした。そして、後12人を追い抜くことを新たな目標に定めたのだ。

そして、師走。

クリスマスツリーに明かりがともりジングルベルが鳴るときも、大みそかの鐘が響くころもひたすら大地は机に座り続けた。

冬休みは、塾で7時間、家で8時間の勉強時間を自分に課した。

年が明け、すぐに定期テストがあった。その結果は、59番という成績だった

大地は欣喜雀躍した。喜びをかみしめながら、テスト結果の紙を懐の内ポケットに入れ、持ち帰った。そして勉強しながら父母の帰宅を待ちわびた。