シャイン ~もう一つのベイビーステップ~ 【第4話】緊張


【この物語の個人名、団体名等は仮名ですが、後は、ほぼ事実です。】


高速道路のみやこインターの電光掲示式の気温計は35度と表示されていた。そのインターを降りると、辺り一面の田んぼの地平線が目に飛び込んできた。


カーラジオから柳田の今日の最高気温は34度で、熱中症の危険性が非常に高いと、しきりに訴えている。

弟の勇人が、

「いなかだねー。僕たちの住んでいるところもいなかだけど、もっといなかだね。フェデラーいそうにないね。」

と、言う。

妹の鈴が、

「じゃあ、ジョコビッチもいない?いなかだからいないよねー。」

と合いの手を打つ。

家族乗せたワゴン車は、田んぼの中の一本道を滑らかに進む。しばらくすると左側に低い建物が、見えた。

その建物は道の駅。遠目に、たくさんお年寄りがテントの下にいるのがわかる。100人近くいるだろう。建物の出入り口近くには観光客らしい人影が数名確認できた。この道の駅は、地元の人の利用が多いようだ。

さらに走ると、少しずつ建物が増えてきた。ドラッグストアーや、ファーストフード店などだ。大きな交差点を右折すると、商店街らしい町並みがある。その商店の半分近くは、シャッターを下ろしていた。昔は、繁華街だった面影が残っている。朽ち果てた看板に大きく書かれた商店名や、派手なネオンランプの劣化した状態から昔は賑やかだったことがうかがえる。

商店街を抜けると、中学校やコンビニエンストストアや郵便局などがある大通りに出た。

「お疲れ様でした。目的地付近です。」

と、いきなり、地図ナビが喋りだした。そこは、まわりの風景には似合わないフィットネスジムのような温泉旅館の前だった。

直子が、

「まだ、4時だから、旅館に行く前に柳田名物の川下りに行かない?」

と家族を誘った。意見が全員一致となり、船乗り場に行くことになった。ナビで検索した後、船乗り場に到着した。

すぐに、木製の船に乗った船頭がやって来た。その船には、大地家族と一組のアベックが乗ることになった。

4時過ぎだというのに異常に暑い。

川下りのようす


川下りは大正時代の雰囲気を持つレンガ造り醤油屋の建物の横や、美しいしだれ柳がつくったアーチの下をゆっくり進む。ところどころに夏の草花がひっそりと咲いている。詩的な雰囲気の川下りである。

船頭の話によると、船が進む川は、本当は川ではなく、城を取り囲んでいる『割堀』という水路だということだ。昔はその水路が堀となり、城下町を守っていた。堀の水は、生活用水や農業用水に使われていたということだった。

船に乗り、100メートルくらい進んだ頃だろうか、

「パコーン。パコーン。」

「パコーン。パン! パコーン。パン!パン!」

と、ボールを打つ音が聞こえて来た。船上から、柳田高校の女子テニス部員がストローク&のボレー練習している様子が確認できた。

その方向には、大きな立て看板が立っている。その看板に、

『第〇〇回、全国選抜テニス選手権優勝 』

『第〇〇回全国選抜甲子園大会 ベスト4』

『第〇〇回全国高等学校総合体育大会 テニス競技 男子・女子優勝』

などの文字が記されている。その細長い看板は20本近くあった。柳田高校出身のプロ野球選手の名前も数名確認することができた。

勇人が

「この高校テニスだけじゃなく、野球も強いんだね。」

と、言った。宏之が、

「そういえば、昔はよく甲子園に出場していたな。最近はあまり聞かないけど。」

「ここのテニス部に、ウインブルドンベスト8までいった松山修二もいたらしいぞ。」

と、続けた。大地が、

「テレビでよく見るメチャクチャ元気な、お笑い芸人のような背の高い人?」

「そうそう、あの大きな人。お笑い芸人じゃないぞ。昔はテニスプレーヤーで、世界ランキングは48位くらいまでいったんだから。」

と、宏之は答えた。

鈴が、

「この前、テレビで『お前は今日から、富士山だー!!。』て、言ってたよう。どういう意味?」

それを聞いた直子が、

「誰もわからないわね。あの人しかわからないの。でも。みんなが元気になれるからいいじゃない。ひょっとして、明日の学校紹介のプロモーションビデオかなんかで、見れるかもね。」

と、言った。

このような会話をしていると、妹の鈴が、

「のどかわいた。水の飲みたい」

「僕も、僕も。」

と、勇人が続く。

水の上にいるとはいえ、34度近い気温の中にいると軽い熱中症になった。家族全員が、喉の渇きに苦しんでいたそのとき、

「これ、どうぞ。」

と、アベックの女性の方が、『いろはすの』ペットボトルを差し伸べた。直子が

「すみません。いいんですか?」

というと、その女性は

「水、後2本ありますから、いいですよ。どうぞ。どうぞ。」

と言いながらペットボトルを強引に差し出してきた。家族は礼を言い、ペットボトルの水を回し飲みした。

「生き返ったね。みんな遭難しそうだったね。」

と、直子が笑った。

川下りを楽しんだ家族は旅館にもどり、一泊した。

レンガ造りの醤油屋

翌朝、家族は旅館を後にした。車で5分程南に走るとすぐに、『柳田高校』の門が、右手に見えた。高校の塀と100円ショップとの間に『サマースクール』と記した矢印入りのプラカードを手にした男子生徒がいる。その指示に従い右折すると、右手に数面のテニスコート(ハード)、左手に広い野球場らしきグラウンドが見えた。

家族は、野球場前の駐車場に車を止め車を降りた。グラウンドでは、数名の野球部員が、大きな声を出して、フライの捕球練習に励んでいた。野球場のフェンスには、等間隔に4本の太いコンクリートの柱がそびえ立っていた。それは、水銀灯がいくつも並んだナイター設備だった。

まだ、午前9時というのに、猛烈に暑い。家族は、

「暑い。暑すぎる。」「まぶしい。」

とつぶやきながら、人の流れについていった。サマースクールに来たと思われる若者と保護者がつくる流れだ。

校舎の間に入ると日陰が嬉しかった。強い日差しから逃れられることができたからだ。

鉄筋コンクリート造りの校舎と校舎の間には広いピロティがあった。そこに簡易テントが設置されていた。どうやらそこが受付らしい。

小走りに受付を済ませてきた直子が、家族のもとに戻ってきて言った。

「学校説明会、3時間もあるよ。お父さんは、勇人と鈴とでどこかで、時間をつぶしてきたら?。」

その後、家族は二つに別れて行動した。

父親たちは、道の駅や、山の中にあるローカルなサーキット施設に行き、見学したり、土産を買ったりして時間をつぶした。

母親たちは、校長の説明を聞いたり、プロモーションビデオを見たりして柳田高校の情報を習得して過ごした。やはり、松山修二が元気よく映像に出ていた。大地はそれが一番うれしかった。3時間が過ぎ、家族は学食に入り、昼食を摂った。

もちろん話題は、プロモーションビデオの松山修二のことだった。彼は、学校紹介のVTRのなかでも『お前は今日から、富士山だー!!。』と叫んでいたことが会話を盛り上げた。家族で大笑いをした後、大地は一人、部活体験に参加するためピロティに戻った。

剣道部、野球部、水泳部(4年後オリンピック銀メダリストが出ることになる)のプラカードが確認できた。しかし、テニスの文字がない。右側の一角に人だかりがある。その数人の後ろ頭の隙間からテニスの文字がかすかに見えた。

テニス部は、他の部より多い。60名位はいる。

大地は、『さすがに何度も全国制覇している部だけあって、すごい人気だ。』と思いながら列に近づき最後尾に並んだ。

並んだと同時に、左前にいた、背の高い子が、振り向きざまに話しかけてきた。

「君、どこからきたの?」

「山口県から。君は?」

「俺?ああ、仙台から。結構遠いでしょ。山口県から?近いからいいな。」

「何時間かかった?」

「4時間位。飛行機。博多からここまで、電車やバスの移動時間も入れて。」

「フーン。同じ位だね。車で高速走って、ちょうど4時間かかったよ。」

などと、会話をしていると、少しだけ緊張が和らいだ。

「部活体験!出発しまーす!」

という、男子生徒の甲高い声が聞こえた。その声を聞いた大地は、再び緊張が高まってきた。

『テニス』と書いたプラカードを持った女子生徒が、

「出発します!」

と言いながら、歩き始めた。

集まった60名は、女子生徒の後をついて行く。体験部員は緊張のせいか、皆青い顔をして、無言で歩き出した。大地には、自分以外の59名全員がテニス上級者のように見えた。自分のように、ソフトテニスあがりで、硬式テニス経験が2カ月の者は誰もいないだろうなと思いながら歩いていた。

大地は、いつのまにか右足をかばいながら歩いている自分に気づいた。

太陽の光が真上からふりそそぎ、さらに日差しが強くなる。気温は36度近くになっていた。

野球部のグラウンドを通り越し、狭いアスファルトの道路を横断すると、テニスコートが見えた。コート周辺に植えてある木々から、一斉に「ツクツクボウシ」鳴き始めた。その音を聞き、大地の緊張感は最高潮に達した。

コートの端から白いチューリップハットをかぶり、眼鏡をかけた小太りの男性がニヤニヤしながら一行に近づいてきた。