マレーの雄姿最後か?
マレーと言えば2013年のウインブルドンの決勝戦が印象に残っている。それ以上に今年の2019年メルボルンで開かれた全豪オープンでの初戦“アンディー・マレーVSバチスタ・アグート”は印象深い試合だった。
マレーは試合前の1月11日の記者会見で、今季限りで引退を表明していた。原因は“臀部の痛み”ということだ。日常生活で靴下をはく時でさえ激痛があるという。まして、テニスの練習や試合では想像を絶する苦痛があるに違いない。彼に関する情報の中で、「腰痛」とか、「腰の手術」などの言葉を目にしていた。彼は、相当前から臀部の痛みと闘っていたのかもしれない。そして、これがマレーの最後のプレーになるかもしれないと思いながらTV画面のマレーを応援した。
期待されていたヘンマン
イギリス人プレーヤーとして、マレーの前にティム・ヘンマンという名選手が活躍していた。選手のほとんどがグランドストローク主体だった時代には珍しくサーブ&ボレーを主体とするプレーヤーだった。トップ10内には入っていたが、ランキングが1位になったり、グランドスラムの決勝に出場したりすることはなかった。
そのころウインブルドンに“ヘンマンヒル”と名付けられた緩やかな丘が存在していた。このことから、いかにイギリス人がヘンマンに期待していたのかよくわかる。イギリス人にとって、ウインブルドンで地元の選手が優勝することは、長い間、悲願だった。その願いは叶うことなく月日は流れていった。そして、その願いはヘンマンの引退により、伸び盛りの若きマレーに受け継がれていく。
悲しみに包まれたウインブルドン
2012年のウインブルドンで、勢いのあるマレーは決勝まで勝ち続けた。しかし、優勝をフェデラーに阻まれ初優勝を逃してしまう。第1セットとっていたにもかかわらず、2,3,4セットをフェデラーに奪われ、敗れた。ウインブルドン会場に足を運んだ観客の落胆の様子は、TV画面からもよく伝わってきた。マレーが負けたことで、イギリス人のフラストレーションは溜まりに、溜まってしまった。
なぜなら、1936年大会にフレッド・ペリーが優勝し、その後イギリス人選手の優勝したことがない。マレーという存在で、やっとそのチャンスに巡り会うことができたのだ。しかし、そのチャンスをあとほんの少しのところで逃がしてしまったからだ。
敗れた直後のマレーは「イギリス国民に申し訳ない。」という表情だった。事実、そうだったであろう。しかし、その後の活躍で彼は救われた。その年ロンドンで開催されたオリンピックのテニス種目で、マレーは金メダルを獲得したからだ。さらに、ダブルスでも銀メダルを獲得した。やはりすごい選手だ。このことから、次年度のウインブルドン 制覇にますます期待が高まっていった。
ウインブルドンが泣いた日
そして、2013年のウインブルドン。マレーは、2年連続で、決勝進出を果たしていた。相手は宿敵ノバク・ジョコビッチ。セットカウントは、6-4、7-5、6-4のストレートで優勝。ジョコビッチのバックハンドのストレートがネットの白帯にかかった瞬間、会場に地鳴りのような大歓声が轟いた。
マレーは自分の陣営に向かって雄たけびをあげながら、両手を空に突き上げ、全身で喜びを表現した。その後、緑の芝にしばらくうずくまり優勝をかみしめた。その様子を見た多くの観客は涙した。フレッド・ペリー以来77年ぶりにやっとイギリス人が優勝できたのである。
WOWOWは、マレーがウインブルドンを制覇したことを特番にしていた。タイトルは「ウインブルドンが泣いた日」だ。2013年のウンブルドンの出来事は、まさにその題名ぴったりだった。2012年は、悔し涙だったが、2013年は、悲願を達成できた喜びの涙だった。2年越しの出来事を常にリアルタイムで観ていた筆者も非常に感動した。そして、マレーの表情や観客の雰囲気に、大いに感動したものだった。
低迷するマレー
その後も“ビッグ4”の一人として活躍し、2016年には、リオオリンピックで再び金メダル。ウインブルドン2度目の制覇、さらは世界ランキング1位という偉業を達成している。その後も安定した強さを誇っていたが、2017年頃から怪我で少しずつランキングを下げてしまっていた。それから長い間低迷が続く。そして、今回の全豪での引退宣言である。ひょっとしてマレーの最後の勇姿かも?と思いながら、TVに向かっての応援に力が入った。
久しぶりに見る彼は、いつものマレーではなかった。ウインブルドンを制覇した時の動きとは、まるで違う。一番強く感じたのは、初動の遅さである。明らかに動きが遅い。
マレーの良さの一つに、驚異的なディフェンス力がある。どんなボールにも俊敏に準備し、持ち前の脚力で追いつき、捕って捕りまくる。相手はその内、より厳しい所に打つことになる。最終的には、マレーの逆襲のカウンターか、絶妙なロブの餌食、あるいは自らのミスで、ポイントを失っていった。その原動力は初動の速さによるものだった。
さらに、マレーはバックハンドのストレートが攻撃的だった。スライスもとても上手く、効果的に使っていた。コーナーに打ち込まれても、抜群の脚力を生かして追いつき、ロブで凌いでいた。少しでも余裕があれば、絶妙のトップスピンロブを使い相手を窮地に追い込むこともできた。
サーブもBIG4の中では、一番スピードがある。そのファーストサーブでピンチの時は、エースを取ることも多かった。しかし、何といっても筆者が感心していたのは、その無尽蔵にあるスタミナである。どんなボールでも2バウンドするまで、決してあきらめない。走り回ってボールを追いかけるマレーは鉄壁のディフェンス力を持っていた。
ポイントとポイントの間マレーはいつも辛そうな表情をする。そして肩で息をして疲れた表情をするのが彼流だ。一見疲れて、ヘロヘロに見えるが、体力が消耗しているのではなく、さらにフットワークに磨きがかかり、エンジン全開というのがマレーなのである。
このように俊敏なフットワークと底なしの体力がマレーの武器だ。そのマレーが臀部の痛みのせいで、素早く動けない。その状況に耐えながら戦う姿は、とても痛々しかった。また、気のせいかもしれないが、歩くときもバランスが悪いように見えた。激痛を伴っているのかもしれない。
観客の声援
マレーらしくないプレーで、淡々と2セットを奪われてしまった。筆者は、「もうこれまで」と諦めかけていたが、そこからマレーの信じられないような粘りが始まった。全盛期の反応のよさは影を潜めていたが、サーブとストローク力で相手を追い詰めていった。マレーは、どのショットも超一流だ。次々に、いいショットが決まっていった。バチスタ・アグート選手の焦りも手伝って、その後2セットを連取した。マレーが4セット目を取ったとき、観客は総立ちとなった。
そして、ファイナルセットを迎えた。会場の盛り上がりは最高潮に達した。観客のほぼ全員がマレーを応援している。その拍手は、「最後の最後まであきらめないで!」または、「今までよく戦った。敬意を表する!」などとも理解できるような、そんな雰囲気の拍手だった。
筆者も、このプレーが最後になるかもしれないと思い、TV画面に向かって声援を送った。第3セットは6-6でタイブレークに入った。タイブレークでは、マレーのサーブの精度が上がり、7-5で捕ることができた。第4セットも7-4でタイブレークを制し、ファイナルセットへ望みをつないだ。マレーは観客の応援をエネルギーに替え、パワーを生み出していた。
しかし、マレーの頑張りはここまでだった。ファイナルセットは、サーブの精度と威力が急激に落ち、ブレイクを2つも許してしまう。そして、第5ゲーム。マレーの動きは、明らかにおかしくなった。ケアレスミスを連発し、0-40を向かえる。そして、第6ゲーム。1-5となり、マレーのサーブ。そのとき、一斉に観客が立ち上がり、マレーに声援を送った。その声援に対してマレーは何かを感じた。サーブを打つ前に一呼吸置き、観客に手を挙げて応えた。「みんな応援ありがとう。最後までがんばるよ。」とでも言っているかのように見えた。
力尽きたマレー
サーブをした後、どこにそんなエネルギーが残っているのかと思わせるようなフットワークでコートを所狭しと走り回る。観客は、マレーの一挙手一投足に大歓声を上げる。そして、バチスタ・アグートから見て40-0のトリプルのマッチポイント。最後は、アグートの波状攻撃の前に力尽きた。
マレーは、観客の声援に背中を押され、死力を尽くして戦い、敗れた。
観客は惜しみない拍手を送っていた。彼は、出せるもの全てを出し切ったからか、敗れたからか、あるいは最後の試合になるからかわからないが、少し寂しそうに見えた。試合後の健闘をたたえる声援は勝者のよりマレーの方が明らかに多かった。マレーは会場の声援に手を振り応えながら会場を後にした。
ウインブルドンで輝け
試合前に、マレーは、この試合が最後になるかもしれないとマレーはコメントしていた。でも、観客と筆者の思いは同じだ。
「マレー、ウインブルドンで輝け!もう一度」
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まじ泣ける。。
マレー戻ってきて欲しい
テニス スクールで全豪のマレーのラストマッチが流れてるのをよくみるけど、全盛期を知ってる身からすると辛くなる