シャイン~もう一つのベイビーステップ~ 【第7話】受験

【この物語の個人名、団体名等は仮名ですが、後は、ほぼ事実です。】

1月下旬のある日の夕方、宏之は自宅の庭でノーマルタイヤをスタッドレスタイヤに履き替える作業を行っていた。今年は何年かぶりに大寒波が到来し、気温が非常に低い日が多かった。その日も空は一面どんよりとした鼠色の雲におおわれている。山の方を見ると薄く靄がかかっている。普段ははっきり見える山の稜線がぼやけている。

タイヤ交換をしても全く体は温まらない。軍手をしていても、指先の感覚がない。

『明日の朝は路面が凍結するかもしれないな。』

と、つぶやきながら宏之はゴムチェーンを車に積み込んだ。

「ただいまー。すごく寒いね。もう出発する?」

作業が終わったころ中学校から大地が帰って来きた。自転車をかなりのスピードでこいでいたのだろう、頬と耳が少し紅潮していた。

大地は制服を脱ぎ、ブラシで埃を取り除き、ハンガーにかけると車の後部座席に吊り下げた。着替えや受験番号のカードをナイキのエナメルバッグから取り出し、もう一度確認し車に積み込んだ。

柳田まで、雪がなければ4時間で宿泊予定の『かんぽの宿』に着く。

二人が車に乗り込こみ、エンジンをかけたと同時に大地の祖母が息を切らしながらやってきた。

「ああ、間に合ってよかった。大ちゃん、頑張っておいで!」

「おばあちゃん、ありがとう。がんばってくるよ。」

「落ちても、上松高校か華丘高校を受験すればいいんだから、気楽にやっておいで。」

「うん、わかった。がんばってくる。」

自宅を出発して2時間ほど車を走らせ関門海峡にあるサービスエリアで休憩した。そこのレストランで、夕食を済ませることにした。二人は関門海峡でとれた海の幸がトッピングされた特性のラーメンを注文した。カウンター席に座ると関門海峡の大パノラマが一望できた。漆黒の闇の中でも、関門大橋の明かりのおかげで、潮の流れが確認できる。行き来するタンカーの安全燈や漁船の明かりを目で追いながら食事をした。

「大地、柳田高校に合格したら、テニスやり放題だな。」

と宏之が言う。

「どゆこと?」

「夕方の小田コーチのレッスンに毎日通ってもいいってことだ。」

「勉強するのを止めて、毎日テニススクールに行ってもいいってこと?」

「そう、テニス三昧。」

「あーいいなぁ。テニス三昧したい!」

「じゃあ。明日しっかりやれ。」

20時過ぎごろ『かんぽの宿』についた。受験前日は、温泉に入る気分にはならない。二人は大浴場には行かず、部屋にある風呂に入り、就寝した。

次の朝、ロビーに行くと、大きな雛人形のセットが飾ってあるのに宏之が気づいた。

「大地、ひな壇の前に立て、記念写真を撮るから。」

「そんな気分にならない。やめとく。」

宏之は、それもそうだと思いながら雛壇の写真だけを撮影した。

その時に撮影した画像

車に乗り込むと、ハンガーで吊り下げていた制服の上着が落ちていた。運悪く雪道用ゴムチェーンのケース上に落下したため、胸の辺りがひどく汚れていた。

大地は、困った顔で思わず

「うわ、これはまずい。どうしよう、お父さん」

と叫んだ。あいにく、ブラシのようなものは持ってきていない。

「よし、コンビニにガムテープを買いに行こう。」

近くにのコンビニに寄ってテープを購入し、その粘着力で汚れを取り除いた。制服はもと通りになった。

コンビニから、受験会場の柳田高校が見えた。多くの受験生が校門から入っていく姿が見える。

受付まで1時間もあったが、二人は急いで受験会場へと向かった。車の中で個人面接の練習をした。

時間になり、受付をすませると、父子は別れた。

大地は教室へ、宏之は学食へと移動した。

大地が教室へいくと、40名程度の受験生が緊張した表情で席に座っていた。一般受験の生徒は結構少ない。

スポーツ推薦コース学力推薦コースの受験生は一般受験の3倍ぐらいの人数で、複数の教室に分かれていた。

受験科目は、国語、数学、英語、そして個人面接。午前中に筆記試験、午後から面接が行われる。

筆記試験が終わり、二人は学食で昼食を摂った。

「筆記結構簡単だった。あんまり簡単だったから、時間がすごく余ったよ。」

と、やや緊張がやわらいだ大地はウインナーを口にほおばりながら笑顔で言った。

「それは、今まで死に物狂いで勉強したからじゃないか?学力が身についたからだろう。」

「そうかもしれないけど、それにしても簡単だった。」

「よし、それなら面接に全力でいけるな。何を訊かれても、無言だけはやめて、どうにか答えろよ。」

「うん。おばあちゃんと毎日面接練習したから、なんとか答えられると思う。」

その後大地は、学食を出て、個人面接会場に向かった。

宏之は持参したPCで仕事をしながら、面接が終わるのを待つことにした。

ふと外を見るとガラス越しにパラパラと粉雪が見えた。朝は凍結こそしていなかったが、昼を過ぎても気温は相変わらず低い。

窓際にいると、冷気を感じ体が冷えていく。宏之は窓から離れた席に座り直した。

一時間過ぎたころ大地がニコニコしながら学食に戻ってきた。

「全部答えられた。やっぱり、『なぜ、この高校に入りたいのですか?』と訊かれたから、練習通り『テニスを通して人間的に成長したいからです。』と答えた。」

「よし、今夜のレッスン行っていいぞ。今からすぐ出たら十分間に合うから。」

「やったーテニス三昧だ!」

そして、大地のテニス三昧が始まった。

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