シャイン もう一つのベイビーステップ【第9話】試合

サーブ

大地が、高校受験に合格した後、クラスメートたちも少しずつ進路が決まっていった。クラスも少しずつ明るい雰囲気となった。

3月11日(金)の放課後、大地はいつものようにテニススクールに自転車で行った。スクールに着くと、コーチやスクール生たちが、東北地方で大きな地震があったということを話していた。大地はそのこと気にも留めなかったが、柳田高校のオープンスクールで出会った仙台からやってきたと言った少年のことを思い出した。レッスンを終え帰宅しTVニュースを見て驚いた。どのチャンネルもおびただしい数の死傷者が出ており、福島の原子力発電所の壊滅的なニュースばかりだったからだ。

父の宏之が

「これは日本という国が存続できるか否かの大事件だな。」

と、つぶやいた。大地は、柳田高校に入学できるのだろうかと心配になった。

TVやラジオさらにはインターネットニュースなどで、その災害の内容や日々、死者が増える様子などが毎日報道されていた。

中学校を卒業した友達が毎日のよう大地の家に遊びに来ていた。中学生たちは皆暇を持て余していた。そんなだらけた姿を見て、母親の直子が

「あんたたち毎日ぶらぶらせずに、東北へボランティア活動に行きなさいよ。高校に入学するまでの時間がもったいない。だらだらせずに国家に少しは貢献しなさい。」

とイライラしながら言った。

しかし、だれも反応しせず、TVニュースを黙って見ているだけだった。

大地の通っているテニススクールには、毎年恒例、春休みにテニス大会が行われる。今年も開催され、大地は力試しに出場することにした。この大会には、近隣の小・中・高校生が出場できる。小学生が高校生と当たり、小学生が高校生に勝つということもある。

大地の最初の相手は、同じスクールの小学6年生になった。その小学生はテニススクールに毎日通ってくる。スクール生としては、大地よりずいぶん先輩だ。テニスを始めて2年というのに、心地よい音を響かせながら球を飛ばし、コントロールもなかなかいい。

小学生との試合は競り合いになった。ていねいにつないで相手のミスを待つタイプの大地と得意のストローク力でねじ伏せようとするタイプとの戦いはもつれた。試合の序盤は小学生のストロークがダウンザライン付近にバンバン決まっていた。あっという間に大地から見て0-3になった。相手の球にスピードがあり、その威力に対してフォアハンドが押され気味だということに気づいた大地は、真っ向勝負しても勝ち目はないことを悟った。そして、戦略を大幅に変更することにした。その作戦とは、ディフェンスに徹し、『とって、とって、とりまくる。』ことだ。コートを縦横無尽に走りまわることは、ソフトテニス時代時代から嫌というほど経験している。ダブルスのペアだった前衛の佐藤は『案山子』のあだ名の通り、まったく立ち位置から動かなかった。しかもそのポジションにいるにもかかわらず、ストレートをよく抜かれていた。

『藤田くん、ごめんね。』

と、毎回悲しそうな表情で謝ってくる佐藤に大地は、

「どんまい。どんまい。次は頼むよ。」

と、その都度声をかけていた。

佐藤に対して、怒りをあらわにしたり、とがめたりすることは大地にはできなかった。それは、あまりにも人がよく、臆病な性格であることを知っていたからだ。

大地の本当のペアは運動神経のよい住吉だった。住吉は俊敏で、ポーチやスマッシュもうまかった。ストレートケアもできる。たとえストレートに球が飛んで来ても、なんとかラケットに当てる抜群の反射神経を持っていた。しかし、住吉は素行が悪かった。その素行の悪さがテニス部監督は気に入らなかった。監督は素行を正すまで試合には出さない方針を決めていた。そして、引退するまで、大地と住吉は二度とペアを組むことはなかった。このようなことがあり、案山子の佐藤と組まざるえなかった大地は、コート内に落ちるボールのほぼ全てを拾うことになり、そのお陰でフットワークだけは自信が持てるようになっていた。ある意味佐藤に感謝しなければならない。

そして、いよいよ第4ゲームが始まった。相手はストロークに自信を持っているため、ドロップショットやスライス、ロブなどの小細工はしてこない。それが大地にとって好都合だった。左右に走るだけというシンプルな動きは、ダブルスコート全部をカバーしていた時と比べれば、はるかに楽だ。相手は大地がスピードボールにタイミングを合わせ、ディフェンスするだけに徹したことに気づいた。そして、少しずつ厳しいところを攻め始めた。しかし、その球も難なく返球してくる大地を見て、さらに厳しいとこと(アングルやライン上)を狙い始めた。そのうち、少しずつオーバーしたり、ネットに引っかけたりし始めたではないか。

大地は、相手が少しずつイライラし始めたことに気づいた。

『もう少しで、キレるぞ。』

と心の中でつぶやいた。3球のうち1球のミスだったが時間を追うごとに3球のうち2球に増えてきた。5ゲームには、連続4ポイントを奪い取ることができた。そして、ゲームカウント4-4に追いついた。相手は下唇をかみしめ、顔を真っ赤にして憤っている。その後は、大地はボールを相手コートの真ん中に返球するだけでよかった。返球されてきたボールの5割がネットにかかり、3割がベースラインやサイドラインをオーバーする状態だった。そして、結局6-4で大地が勝利した。

相手の小学生は試合後の握手の際は、涙を流していた。大地は、

「大丈夫だよ、コンソレがんばれよ。」

と声をかけたが、相手は大地の目を合わせずに

「はい、ありがとうございました。」

とあいさつした。

第1試合目を勝利した大地は、掲示してあるトーナメント表を見て、がっかりした。

その相手ては、隣の市の高校のテニス部のキャプテンだったからだ。スクール生の仲間のうわさでは、サーブがめっぽう速いらしい。

身長は185㎝はある。中学校時代は、バトミントン部に所属し、高い打点で打つスマッシュはものすごい速さで、スマッシュだけで勝ち進んでいくタイプだったという。そんな、高校生に対して、

『負けるとは思うけど、どこまでできるかやってみよう。』

と、今まで毎日練習してきた集大成だと考えることにした。

そして、その大男と対戦する時間になった。

最初は大男のサーブ。

「パン!」

と音がして、ボールが見たこともないようなスピードで飛んできた。しかし、サービスのラインの枠より50センチメートルは出ている。

大地は、大声で

「フォルト!」

と叫んだ。

「おい、今の入ってないか?」

「いいえ。相当出てます。」

と言い返す。心の中で

『あれがインなんて、この人大丈夫か?』

と独り言を言う。

セカンドサーブはファーストサーブと打って変わって、羽子板サーブだ。放物線を描き、サービスの枠内にゆっくり落下してきた。

大地はチャンスだと思い、高い打点で力任せに叩き込んだ。

いきなりリターンエース。

『なるほど。こんな調子か。ファーストは入ったらしょうがない。セカンドを思いっきりひっぱたこう。』

と、決心した。また、あることにも気もがづいた。相手は、高く跳ねるボールはフォアもバックもスライス気味に返してくる。どうやら高い打点で叩けないようだ。大地はとっさに強烈なスピンをかけて、バックハンドにムーンボール気味の球を打ち込んだ。相手は高く弾んだボールを変則的なスライスで返球してきた。その間、大地は素早くネットに詰めた。そして、アングルボレーでポイントした。ストロークばかりの練習で、ボレーには全く自信はなかったが、スライス回転のかかった遅い高めのボールはボレー技術のない大地にとって難しくはなかった。そして、この作戦を繰り返していくことに決めた。しかし、ゲームが進むにつれて相手のサーブの確率が少しずつ上がってきた。こうなると速い球に合わせてリターする技術がない大地には、なすすべがなかった。結局大地から見て4-6で敗けてしまった。

こうして、大地の硬式テニスの初めての試合は幕を閉じた。