大怪我を克服してテニス界に戻ってきた芝の女王クビトバ。

出典:WTAより

大坂なおみが優勝した2019年の全豪OPの決勝戦の相手がP.クビトバでした。当時のTV中継を通してクビトバが大きな怪我を克服してカムバックしてきたことを知った方も多いと思います。今回はそんなクビトバ選手の経歴ついてまとめてみました。

ペトラ・クビトバ

まずクビトバ選手の基本的なプロフィールをご紹介します。1990年3月8日生まれ。182㎝70㎏、左利き・両手打ちバックハンド。出身国はチェコ共和国です。

クビトバがテニスを始めたのは3歳で父親がきっかけでした。本人が左利きということもあり、幼少期に憧れていた選手はM.ナブラチロワだそうです。クビトバのプレイスタイルは左利きを生かしたサービスと、ベースラインからのアグレッシブなストロークが特徴です

戦績

自己最高ランキングはシングルス2位、ダブルス196位です。WTAでのツアー獲得タイトルは2011、2014年のウィンブルドン2勝を含む通算27勝。国別対抗戦のフェドカップでは5度の優勝。2016年のリオデジャネイロ五輪ではシングルスで銅メダルを獲得するなど輝かしい戦績を残しています。

TOP10でシーズンを終えた年数はこれまでに7度と目まぐるしくトップ選手が入れ替わるWTAツアーにおいて長期間安定して高いパフォーマンスを維持しており、高い実力を持ったテニス選手です。

経歴(プロ転向~2016年)

プロ転向は2006年。四大大会の初出場は2008年の全仏OPでした。ちなみに四大大会の本戦で初めて対戦したのは日本の森上亜希子でした。2008年4月に初の世界ランキング100位入りを果たすと、10月には50位入りも達成するなど一気にランキングを上げていきます。

2009年1月に19歳の若さでWTAツアー初タイトルをオーストラリアのホバート国際で獲得。2010年のウィンブルドンでは初の四大大会SF進出を果たし、翌年の大きな飛躍のきっかけを掴みます。

2011年ウィンブルドンで1990年代生まれの選手では男女通じて初の四大大会タイトルを獲得。同年、世界ランキングは自己最高の2位まで上昇し、初めて世界ランク5位以内でシーズンを終えます。以後、2015年までは毎年ランキング10位以内をキープし続けます。

2016年は11位でシーズンを終えました。シーズン終了後の12月20日にチェコの自宅にて、業者を装って侵入したナイフを持った男に襲われるという事件が起きます。男を撃退する際にクビトバは利き手の左手に大きな怪我を負います。

どんな怪我

クビトバ選手が負った怪我は左手の腱と5本の指、2本の神経を損傷する酷いものでした。手術は3時間半を超える大きなものとなりましたが、無事に手術は成功。事件後、クビトバは左手を負傷したことは不運だったが命が助かったことは幸運で、復帰に向けてどんな困難とも闘っていくとの声明を発表しました。

言葉通りにクビトバは手術からわずか3か月でラケットを使用したリハビリを開始します。そして事件から約6か月後の2017年5月末の全仏オープンで試合復帰。復帰初戦はアメリカのJ.ボスラップを相手に見事に勝利を収めます。

復帰後

全仏OPで復帰したクビトバは復帰後2大会目のバーミンガム・クラシックで復帰後初のWTAタイトルを獲得します。利き手の大怪我から1年も経たないうちにツアー優勝を成し遂げ、クビトバ本人も「これ以上の復帰は望めなかったと思う。」と喜びのコメントを残しています。

2017年はシーズン前半を棒に振りながら世界29位でシーズンを終えるなど見事なカムバックを果たします。翌2018年はツアータイトルを5つ獲得し、TOP10に復帰2019年は全豪OPで準優勝するなど活躍し、2年連続世界ランク10位以内でシーズンを終えます

侵入者に襲われて負った利き手の大怪我から短期間で復帰し、すぐにトップレベルまでテニスを戻してきたところがクビトバの凄さです。

長期間のブランクから復帰した選手

過酷なプロツアーでは怪我の治療のために長期欠場する選手は少なくなりません。しかしクビトバのように事件に巻き込まれての長期欠場はレアケースです。

過去にクビトバと同じように事件による怪我で長期欠場し、復帰した選手が1人だけいます。M.セレシュです。セレシュの事件についても少し触れておきます。

モニカ・セレシュ

偶然にもセレシュはクビトバの同じ左利きの選手です。セレシュは四大大会通算9勝。世界ランキングも自己最高1位と名実ともに偉大な女王の一人です。

セレシュはキャリア絶頂期の1993年4月ドイツでの試合中に当時ライバルだったS.グラフのファンに背中を刺され負傷しました。怪我よりも精神的なトラウマの方が大きかったようで、セレシュは復帰までに2年以上もの時間がかかりました。

セレシュもクビトバのように復帰後すぐに大きな結果を残します。1995年8月に復帰し、同年の全米OPで準優勝翌年の全豪OPでは優勝する素晴らしい活躍をみせました。

セレシュは復帰後に長くTOP10を維持しました。しかし、四大大会の優勝数を比較すると事件前が8勝で、復帰後が1勝ですから事件の影響が少なからずあったことが想像できます。

セレシュは、もしも事件による負傷がなければどれだけ偉大なキャリアを築いていたかと多くのテニスファンが想像するほどの選手でした。

事件による負傷すら乗り越えるのが女王。

大怪我や出産などで長期のブランクから復帰した選手は沢山います。しかしながらクビトバやセレシュのように不運な事件を乗り越えて復帰後に活躍できるのは強靭なメンタルを持っている証拠です。

四大大会で優勝するような選手は逆境を乗り越える強い意志や精神力を持っているに違いありません。選手寿命が長くなった現在の女子テニス界において、クビトバがまだまだこの先活躍していくのは間違いないでしょう。今後のクビトバの活躍にも注目です。