国枝慎吾 「おれは、最強だ!」『楽天・オープン・車いすテニス2019』レポート

国枝選手のサーブ 出典:DSC03521

はじめに

筆者は、前述のコラム『車いすテニスの魅力 ~ジャパン・オープン飯塚レポート~』で書いたように今年(2019年4月28日)に飯塚市で『ジャパン・オープン選手権』を観戦したことを契機に、車いすテニスの魅力にハマった。それと同時にその大会で優勝した国枝慎吾選手のファンになった。その国枝選手が楽天オープン出場した初めて車いすテニス大会の様子をレポートする。

今年も有明コロシアムで楽天オープンテニスが開催された。今年の目玉はなんといってもノバク・ジョコビッチ選手が出場することだ。錦織選手が、怪我で出場を辞退したため、ジョコビッチ選手に対する期待はさらに大きくなったことだろう。

もう一つの目玉は、初の車椅子テニスの試合が開催されたことである。今年から『楽天・ジャパン・オープン・車いすテニス・チャンピオンシップス2019』として車椅子部門が導入されることになった。種目は男子シングルスと男子ダブルスで予選はない。男子シングルスは8名、男子ダブルスは4組で、国枝慎吾(世界ランキング2位)やスウェーデンのステファン・オルソン(同6位)らが出場した。

車いすテニスの入場料

コロシアム前

筆者は、2年ぶりに有明コロシアムへ行った。行く度に幸運にも日本人選手の優勝の瞬間を見ることができた。錦織VSラオニッチのシングルス決勝戦(2014年)とマラクラン勉・内山VSマレー・ソアレス(2017年)の決勝戦だ。2017年には、払い戻しチケットを購入することができたが、今年は払い戻しやキャンセルチケットの購入システムが変更になったため、コロシアムで行う試合を見ることができなかった。

コロシアムの直ぐそばに建設された楽天カードアリーナ(屋外コート)で車椅子テニスの試合が行われていた。そして、入場料はというとなんと1,000円。(飯塚の大会は無料)あまりにも安い。後で知ったことだが、事前に楽天オープンテニスのチケットを購入していたら、健常者の試合と車いすの試合の両方を見ることができた。とてもお得感があるシステムである。筆者は、健常者のテニスの試合を見るのを半ばあきらめ、車椅子テニスの試合を集中して観戦することにした。

1日目 10/5(土)

その日は国枝慎吾(ユニクロ)ステファン・オルソン(スウェーデン)VS Shunjiang Dong&Ho Won Imの中国・韓国ペアとの決勝戦を見ることができた。見た感じ国枝ペアはベテランで余裕綽々という雰囲気を醸し出している。相手ペアは、まだ若く、伸び盛りという感じがした。最初の選手のウォーミングアップで、ある程度実力が把握できた。それはサーブの確率の差である。国枝ペアのサーブはキレとスピードがあり、サービスエリアにしっかりと入っていた。しかし、中国・韓国ペアはあまりサービスが枠に入らず、ネットにかかる場面が多かった。筆者はこのことが気になったのだが、やはり試合にも影響した。

そして、初めての楽天オープン車いすテニスのダブルス決勝が始まった。まず、国枝・ステファン組のサーブだ。ステファン選手のサーブはスピートとキレ(回転数)がすさまじい。トスを上げる時に車いすの車輪が全く動かない。不安定な車輪上でトスを上げ、ラケットを振るのだが全く軸がぶれないのだ。きっと凄いバランス感覚の持ち主なのだろう。そして彼はサービスエースを連発する。相手はコート内にリターンできずネットに引っ掛けたり、ベースラインをオーバーしたりして、あっという間に国枝・ステファン組にキープを許してしまった。

コートチェンジした後、中国・韓国ペアのサーブが始まった。選手がトスを上げた瞬間、車いすの車輪が2~3㎝動き、トスが安定しない。案の定、ボールは大きく弧をかきながらネットに突き刺さる。セカンドサーブは回転量を多めにかけたスイングだが、再びネットにかかる。サーブが入らないと、攻撃のリズムも悪くなる。なんとか、セカンドサーブが入っても、国枝・ステファンの両選手の前に突進しながらのスーパーリターンをダウンザラインに攻められ、エース。かろうじてリターンができたとしても、ボレーかスマッシュで決められてしまう。そのゲームはダブルフォルトを連発したのをきっかけとしてあっさりブレイクされてしまった。

ダブルフォルトしてしまうのは、決勝という大舞台のプレッシャーか、国枝・ステファン組のスーパーリターンを警戒してかなのかわからないが、何らかの要因がメンタルに影響しているようだ。

1・2ゲームを見ただけで2つのペアのサーブ力の差は歴然としていた。もう1つは、フットワークの差である。厳密に言うと、車いすの操作能力のことになる。中国・韓国ペアは相手が返球されたボールがネットを超えるか否かくらいで、車輪を回してボールの落下点に移動し始める。しかし、国枝・ステファン組は相手がボールを打った瞬間に移動し始めているのだ。特に国枝選手は判断が速い。相手がボールを打ち「パコーン。」と音がしたと同時にボールに背を向けている。そして、最短距離でその落下点に進み、振り向きざまに返球する。車いすのターンの遠心力を利用して球を打っているようだ。国枝選手は、相手が球を打った瞬間、瞬時に判断し、落下点に到達することができる。長年の選手生活で培った勘によるものかもしれない。筆者には、超高性能AIを備えたマシンが球を的確に球を打ち返しているようにも見えた。高性能マシンの国枝選手のプレーは、驚きと感動を与えてくれる。一方ステファン選手は完全なるパワーテニスだ。サーブ、ストローク、スマッシュなど持ち前のパワー全開でポイントする。選手4人の中で一番パワーがあるように見えた。

試合はあっという間に終わってしまった。6-0、6-0のストレートで国枝・ステファン組が優勝した。力の差がありすぎて、見ていてあまり面白くない試合だった。それだけ、国枝・ステファン組の力が突出しているのだ。その証拠に国枝・ステファン組は試合中(試合後もだが)終始笑顔でコミュニケーションして楽しんでいた。方や中国・韓国ペアは表情が暗く、成す術がないという感じだった。試合が終わるまで彼らのサーブの確率は上がらず、イージーミスも多かった。このはまだ若いのでいい勉強になったはずだ。成長して、いつの日か国枝・ステファンペアを脅かす存在になってほしい。決勝という試合を楽しみにしていた者とってもう少し競り合ってほしかったのが率直な感想である。こうして、記念すべき楽天オープン車いすダブルスの決勝はあっけなく終わってしまった。

楽天カード・アリーナ

コロシアム周辺の様子

前述したように、ここに来るのは2年ぶりだ。その間、有明コロシアムの周りが大きく変化していた。一番の変化はすぐそばに建設された『楽天カードアリーナ』である。このコートができたおかげで、車いすテニスも同時に開催されることになった。楽天の三木谷社長のエンターテイメント性と社会貢献する気持ちは素晴らしいものだ。そのアリーナには、楽天カードがあれば優先的に座れる席が確保してある。筆者はカードを持っていたので、その席に座ることができたが、選手に近くなるというよい点があるが、頭上に屋根がないエリアなので日差しがとても暑かった。また、2日目に小雨が降ったので、結構濡れてしまった。日よけ(雨除け?)が中途半端に設置されている。このことから屋根が開閉できる全天候型のテニスコートにすればよかったのにと思ってしまった。

コロシアムと楽天カードアリーナの間の東側には人工芝を引いた広いスペースが確保されている。液晶の500インチ以上もあろうかというほどの大画面ビジョンが設置されてあり、コロシアムの試合が映し出されていた。大きくて長いウッドの机といすが多数あり、そこで飲食し、くつろぎながら大画面で試合を見ることができる。筆者はそこで、ジョコビッチVSゴファンの試合を観戦した。一緒にいた大学生の息子と友達は楽天チケットのリセールのサイトをチェックしていた。

強化したバックハンド

ジョコビッチ選手が1セットを取ったころ、席が空いたことが確認できた。すかさずその席を購入し、学生2人は残りの1セットを観戦しにいった。リセールチケットは正規のチケットの半額である。ジョコビッチ選手の調子がよく、ストレート勝利しそうなので、残り1セットで試合が終わる可能性が高かった。1チケットを購入しても1セットしか見ることができないかもしれない。しかし、生のジョコビッチ選手を見ることができるならとリセールチケットを購入した。予想通りストレートでジョコビッチ選手が勝利したので1セット当たり7,500円の観戦料となってしまった。しかし、生ジョコビッチ選手を目の当たりにできたので息子もその友達も満足で悔いはなかったようだ。

大画面ビジョンの周りにはテニス関係の企業のブースがあり、最新ラットやテニスウエア、グッズ等を売られており、どのブースも人だかりがあり、活気があった。結局、入場料1,000円で、大画面ビジョンでコロシアムの試合と、リアルな車いすの試合を楽しむことができたので充実感を味わえた。

2日目 10/6(日)

コロシアムではジョコビッチ選手とミルマン選手の決勝が午後から行われる予定だった。しかし、その試合には目もくれず筆者は車いすテニスシングルス決勝を観戦した。予定時間は11:00からであったが、あいにくの小雨で、2時間の延期の末ようやく始まった。

車いすテニスシングルス決勝のため、濡れたコートを乾かすスタッフ

国枝選手の対戦相手は昨日ダブルスでペアを組んだステファン選手だった。『昨日の敵は今日の友』ではなく、『昨日のペアは今日の敵』の状態だった。ステファン選手はサービスに威力があり、ストロークのパワーもすごい。きっと国枝選手と競り合い決勝戦にふさわしいシビれる試合になるだろうと予想した。

最初はステファン選手のサーブ。しかし、昨日とは違いサーブの確率が悪い。ダブルフォルトをきっかけに早々と国枝選手にブレイクを許してしまう。次は国枝選手のサーブ。ステファン選手と比べるとスピードはやや落ちるが、回転量がすごい。ダブルフォルトもしない。そしてサーブだけではない。フォア及びバックハンドストロークもスマッシュ・ボレーなど、どのショットも超一級品だ。特に、バックハンドは強化されていた。バックの高い打点でクロスに放った超高回転の球にステファン選手はまったく追いつけない。なんとか追いつき返球できたとしてもネットに詰めた国枝選手のボレーあるいはスマッシュの餌食になっていた。そして、第1セットは6-0で国枝選手が手に入れた。

圧倒的な強さの国枝選手だ。全てのショットが芸術品である。その証拠に観客から、感心するため息が何度も聞こえてきた。筆者の前に座っていたスーツ姿の紳士2名が「すごい!」「コントロールいいな。」「信じられないショット!」「どうして瞬時にボールの落下点がわかるのかなー?」などの言葉を興奮気味に発していた。きっとテニスをしている人たちであろう。彼のショットの凄さ・すばらしさ・むずかしさをよく理解しているのだ。

シングルス決勝のスコア

試合途中でステファン選手の車いすの片輪が壊れるというアクシデントがあった。すぐにメンテナンススタッフが手伝い、試合は続行された。コートを縦横無尽に走り回るため車いすテニスにはこのようなことはよく起きるのでだろう。しかし、車輪が壊れなくても、ステファン選手は何もできなかったはずだ。それだけ国枝選手のプレーは素晴らしかったのだ。

国枝選手の言葉

優勝した後のインタビューで国枝選手は「ジョコビッチの試合に間に合ってよかったです。」と言って観衆を大笑いさせた。

ウィットにとんだこの言葉から国枝選手の明るい人柄がよくわかる。車いすテニス決勝は14時30分には終了した。ジョコビッチ選手の決勝戦が15時スタートだ。そのことを国枝選手は知っていて、ファンにリップサービスをしたのだ。そして、試合中にステファン選手の車いすの車輪が壊れたことをねぎらっていた。「もう一回ベストの状態で戦いましょう。」その言葉から、人を気遣う優しさを感じた。

インタビューではサーブの調子が非常に良かったことや常に車いすを動かすことを心がけていることなどの話をした。車いすは停止の状態から動かすのは非常にエネルギーが必要だが、車輪が少しでも動いていればトップスピードに速く持っていける。状況に合わせて車いすを常に動かしながら準備しているのだ。だからこそ、あの素晴らしいフットワークが生まれるのだろう。人には優しく、自分には非常に厳しい国枝選手の人柄と日ごろの鍛錬の成果が垣間見れる言葉だった。

優勝インタビュー
「ジョコビッチ戦に間に合ってよかったです。」

最後に

来年も楽天オープンは、健常者と車いすの両試合が行われる。オリンピックの年であるが、今年と同じ時期に開催されるとアナウンスされていた。是非、来年はチケットを手に入れどちらの試合も観てみたい。国枝・錦織両選手の決勝を見られるかもしれない。そうなれば日本人として最高に喜ばしいではないか。来年も出場を表明している国枝選手は、「俺は、最強だ。」と書いたテープをラケットに貼っていという。オリンピックでも楽天オープンでも彼の最強のプレーを観てみたいものだ。

さあ、みんなで観よう!最強の車いすテニスを!

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